2009年12月10日木曜日

太陽熱発電

この白く輝くのは平面のフラクタルレンズ。このレンズで太陽の熱を集熱し、熱を電気に変換する素子がその背後に控えている。その数100枚。写真ではうまく見えないが、両側に太陽光を電気に変える太陽電池も備えられている。
この面は、写真ではほぼ垂直だが、太陽を追尾し、常に正対する仕組み。
朝になれば東を向き、日中は南、夕方は西に向く。
太陽光発電同士で比べても、追尾しない方式に比べれば、倍以上の発電率を誇る。

この太陽熱発電の実験システムが12月10日、宮城大学に完成した。

各パーツ自体は専門家が作ったものだが、組み立ては手作り。熱電素子の周りを耐熱石綿で囲んだり、フラクタルレンズを固定したり、私も少しだけかかわった。

線の接続はまだ。終わったら、いよいよデータ採取が始まる。

2009年12月9日水曜日

NAHAマラソン2回目終了

NAHAマラソン2回目のメダル獲得が、終了した。
「2回完走」と書きたいが、今回も半分は歩いていた。
中間地点までは走ったが、25キロぐらいからはほとんど歩き。
とてもじゃないが完走とは言いがたい。
それでも6時間15分の制限時間内にグランドに戻り、ご覧のようなメダルをいただいた。
制限時間の閉門の知らせを聞いたのは、グランドを歩いているとき。気持ち悪くて、歩くのもやっとだった。
そう。気持ち悪かった。周りの人は筋肉痛や足の痛みなどで走れなくなるようだが、それはなかった。
マラソン前々日、そして前日に眠れず、当日もスタートまで3時間を切ってから朝食を摂ったりして。それらすべてが悪かったのだと思うが、何かが胃の中に残っているようで、調子が悪かった。
途中、走りながらおにぎりをほうばっている人がいたが、信じられない。

しかしNAHAマラソン。沿道の声援は最後まで途切れなかった。
YMCAでランナーにY、M、C、Aのポーズを取らせ、小学生のエイサーがリズムを響かせ、懐かしいグループサウンドが応援歌となる。
提供物も面白い。水、塩、バナナ、オレンジ、レモン、氷、黒砂糖。この辺は普通だと思うが、なかにはおにぎりもあった。さらにはオリオンビールと煙草も。これも提供物?。

今回参加したのは3万人。うち2万人が42.195キロを「完走」した。
リタイヤ率が高いのもNAHAマラソンの特徴らしいが、お祭りの一種と思えば、参加者が多いのはいい。
でも。限界だろうな。真っ直ぐ走れない。走ろうとすると、歩いている人にぶつかってしまう。

調整失敗のNAHAマラソン。来年こそは5時間切りで走りたい。

2009年12月4日金曜日

引っ越し~家の建て替え(2)

アパートに引っ越した。
いざ引っ越すとなると、いろんなものが出てきた。
小学校時の通信簿やら賞状、教科書・・・。
簡単に捨てられない物としてはホルマリン、コールタール。
ホルマリンは薬局に処分を依頼した。
コールタールは親戚の人が持って行った。
その他、トイレ用の殺虫剤も出てきて、庭の流しに捨てたら、あたり一面が臭くなった。この流しは古い設備で、下水管ではなく、雨水口につながっていたのである。あわててストップ。残りはトイレに流したが、雨が降るまで2日間ほど匂っていた。
引っ越し屋さんはさすがに早い。あれよあれよという間に荷物をアパートに運んだ。
アパートへの荷物を運び終えると、コンテナ預かりの分を運び出した。
これも早い。2カ所向けの引っ越しを続けて進めたが、午前中で片付いた。
残念ながら、へそくりの類は出てこなかった。
母親が失くしたという指輪も行方不明のまま。
ただ押し入れに100円玉が落ちていた。

2009年11月30日月曜日

チョコレート、そして飴細工


今日の授業は、チョコレートと飴細工。
チョコレートでは、スイート(ビター)チョコをテンパリングする技術を学んだ。テンパリングとは、チョコレートの融点(融ける温度です)を33度ぐらいにする技術です。
チョコレートを鍋で溶かし、53度ぐらいまで上げ、次に水にぬらした布巾の上で26度ぐらいまでクールダウン。その次に、32度ぐらいまで再び上げます。この32度ぐらいまで上げるときは、ドライヤーを使います。プロは、ドライヤーを使うそうです。
それが終わったら、型入れです。
型入れが終わったら、冷蔵庫で冷やします。
写真のチョコは、ちょっと失敗。ブルームと言われる灰白色ができています。
これが入る場合は、融点が33度にはなっておらず、もっと低い温度で融けだしてしまいます。
でも、食べたら、普通に美味しかったです。

そして飴細工。これは難しかった。写真は一応、「蝶」なんですが、溶かしたパラチニット(砂糖)を型の上に置いた透明のシリコンシートの上で、絞り出す。蝶の絵を描く。これを手早くしなければならない。
なにしろ融けた飴。時間が経つと固まってしまう。
何度も、何度も失敗し、ようやくできた。
ところが、撮影が終わった途端、羽が取れてしまった。

2009年11月28日土曜日

解体お祓い~家の建て替え(1)

1963年から46年間お世話になった自宅を建て直すことになった。老朽化や家族構成の変化などが理由。建て直す、つまり家を解体する前に、お世話になった家に感謝を込めて神式のお祓いをしていただいた。神棚の前に座り、神主さんの指示に従って礼をする。その後は、各部屋、家の四隅でお祓いをしていただいた。

建築メーカーを決めるにあたっては、多種多様なモデルハウスを見た。
東日本ハウス、ウンノハウス、四季工房、スウェーデンハウス、一条工務店、北洲ハウジング、大東住宅、スモリ工業、住友林業、積水ハウス・・・。
一応、木造建築ということを決め、断熱にこだわった。
営業マンの積極さ、知人というしがらみ、提案内容などから、4社に絞って見積もりをもらった。
東日本ハウス、ウンノハウス、住友林業、積水ハウス、である。
結局決めたのは積水ハウス。営業マンの柔軟性と納期の早さが決め手である。
いずれの会社もよい営業マンで、家の作りも悪くなさそうだった。
実は住友林業で9割方決めていた。
他社からは積極的な提案があるのに、積水ハウスからの提案はなかなかなかった。
それが積水ハウスに変わったのは、信頼感、かもしれない。
様々な住宅を見ていく中で、間取りのイメージはどんどん変わっていく。
ほとんどのメーカーは、ある程度固まって行くと、まったく違う発想はなかなか出てこない。
それが積水ハウスの営業マンは、簡単に違うアイデアを提供してくれた。
住友林業に申し込む、とほぼ決めていた前の晩、積水ハウスからようやくCADで描いた提案が出た。
それを説明する営業マンの姿勢に、興味を持った。
積水ハウスの営業マンはどんな“変化球”を投げても、きちんと取って返してくれるに違いない。
そんな気がした。
また納期も早かった。同じ時期のオーダーなのに、住友林業の引渡は6月上旬。これに対し、積水ハウスは2月末。どうせなら早く住みたい。これも決め手につながった。
あれほどこだわった断熱なのに、気がついたら、関心を持っていなかった。


これから3カ月半の借家暮らしが始まる。冬を迎え辛い。なんとかしのがなくちゃならない。

2009年11月25日水曜日

味噌蔵

県南部の味噌・醤油屋さんを見学した。
小さな味噌・醤油屋さんだったが、品数がすごい。
仙台味噌は熟成された赤味噌、と信じて伺ったら、赤味噌はもちろんだが、白味噌や、飲食店からの注文に応じた味噌、醤油を作っていた。
それどころかドレッシングや味噌ベースの発酵飲料(清涼飲料ではない)まで。工場内には、ちょうど旬のゆずの香りがただよい、とてもよい雰囲気だった。
こちらの工場では、地元産にこだわり、地元の食材を探し、次々と新商品を生み出している。最近の価格競争に付き合っていたら、生き残っていけない、という。
家に戻り、いただいたバジルのドレッシングをサラダにかけた。コクがあり、風味があり、とてもうまい。近所のスーパーですぐに手に入らないのが残念。

2009年11月21日土曜日

パン作り

前回は「ワインのテイスティング」。今回は「パン作り」だった。そして次回は「チョコレートと飴作り」。
これ、なんだと思いますか? 実は、大学院の正式な授業。フードサービスの実際を学ぶのが目的。
教えてくれる先生は、ソムリエ、パン職人、などそれぞれの分野のプロ。こっちは素人で、わずか3~5時間程度の時間だから、教える方は大変だろうが、習う方にとってはとっても贅沢な時間。
写真はルヴァン(自然発酵種)、つまり天然酵母を使ったパン。左下がチョコチップをふんだんに混ぜた「ヴィエノワーズ・ナチュール・エ・ショコラ」。その右側が表面にグリュイエールチーズをまぶした「パン・オ・フロマージュ」。左上が「パリジェンヌ・バケット」。これら以外に「パン・ド・ミ」、いわゆる食パンを作った。
実際に生地を伸ばして形を作ったのは「ヴィエノワーズ・ナチュール・エ・ショコラ」と「パン・ド・ミ」で、フロマージュとバケットは先生が作る実演を見ていた。
生地自体は先生が前日から寝かしていたもので、焼いたのも先生。味は当然、絶品だった。