突然の揺れ。そしてテレビは、SF映画を見ているような津波の予報。
夕方になると、仙台は、雪が降ってきた。
あの時、あの頃、津波に飲まれ、津波の恐怖に怯えていた人々が、こんなにも多くいるとは、知らなかった。同じ、宮城なのに。
今、この蔵王でなんとかコーヒー屋を営んでいるが、当初オープンしようとした場所は石巻・富士沼の側。あの大川小学校が近かった。
北上川(おっぱ川)の側で、その雄大な風景が気に入っていた。
北上川の河原には茅が生い茂り、しじみ漁の船が行き来していた。
海が、それも北上川の養分をたっぷり吸い込んだ豊穣な海が広がっていた。
雄勝の海は北の海特有の暗い色だが、透明感があり、サンゴ礁の海に負けていなかった。
結局、価格などが折り合わず、断念してしまった。
あの日から、大分経ってから、あの地に行ってみた。
大川小学校の避難予定場所だった、「三角地帯」にも立ってみた。
学校から、裏山を眺めた。
幼い子らが、波に飲まれる様子を、やはり考えてしまった。
自分は生かされた、のかもしれない。
それが、先に逝った人への供養になれば、と。
