2012年1月18日水曜日

冬の朝

屏風がくっきり。
冬の朝に白い尾根が広がった。
冬になると、雲に閉ざされる蔵王の嶺。
山はいまごろ、どんな風だろう。
その蔵王が現れた。
キーンと冷えた空間に白い姿がしっかりと存在している。
何十年も何百年も前から、そこにあった蔵王。
2012年1月の朝も、静かに鎮座している。






雪の上に、動物の足跡。
タヌキ? キツネ? 誰が歩いたのでしょう。













ブルーベリー畑に朝日がそそぐ。
春に備え、蕾がしっかり膨らんでいる。




薪棚にも朝日。
薪の在庫がちょっと心配。
この雪だと薪棚を作るのも大変だし。
じっと待つか、春を。

2011年12月10日土曜日

移り行く庭の風景

師走。落葉樹の葉はすっかり落ち、山が見えるはず。ですが、雲に覆われ、屏風岳は見えません。









そのうち雪が降って来ました。あっという間に、手前の山も見えなくなりました。






翌朝。雪が積もった庭に太陽が光を注ぎます。雪の粒が1個いっこ、キラキラ輝いて見えます。

 


2011年11月28日月曜日

10分でカルボナーラ

カルボナーラに一時期凝っていた。都内のイタリアンレストランに入ると決まって頼むパスタが、カルボナーラ。店によっては生クリームが入っていたり、ベーコンの塊がドーンと載っているいるやつもある。

自分でも時々作る。自分で作るやつに生クリームや牛乳は入らない。ベーコン、チーズ、卵が基本で、玉ネギも入れる。

スパゲッティーと冷蔵庫に材量があったので、少し多めの1人分を作ることにした。

まず鍋にたっぷりの水をいれ沸騰させる。
沸騰してきたらスパゲッティー150gを入れる。茹でるポイントはたっぷりの塩を入れることと、包装紙に書いてある茹で時間より2分ぐらい短くすること。

スパゲッティーを茹でている間に、ニンニク1欠片をみじん切りにする。玉ネギ1個を薄切りにし、ベーコン3枚を切る。卵1個はといておく。

フライパンを温め、オリーブオイルを入れ、まずニンニクを炒め、続いてベーコンを炒める。この時、ベーコンに塩コショウして、下味を付ける。さらに玉ネギを炒める。玉ネギがしんなりしてきたらチーズを入れ、白ワインでとく。のだが、今日は白ワインがなかったので、ジンロを入れた。チーズがとけたら、とき卵をからめる。

チーズがとけるころ、スパゲッティーの茹で時間が予定に達するので、ちょっと固め(アルダンテ)の状態でお湯をザルで切る。このスパゲッティーを先のフライパンに入れ、具をからめたら出来上がり。

皿に盛ったらたっぷりの黒コショウをかける。この黒コショウは決して忘れない。なぜならカルボナーラとは「炭焼き風」という意味だから。

これで10分。食べる人が塩をかけるぐらいの塩分控えめで作った方が喜ばれる。

冷えたビール、または白ワイン(辛いやつがおすすめ)とともにいただくと、美味しさが倍増する。

今日のスパゲッティーは1週間後のマラソン出場を考え、炭水化物を多めに取るため、麺を多めにしたが、普通の1人分は以下の材料。

[カルボナーラ材料 1人分]
スパゲッティー 100g
ニンニク 1欠片
玉ネギ 1/4個
卵 1個
ベーコン 適宜(大きな塊を載せると盛りつけた時の見栄えがよい)
とけるチーズ 適宜
オリーブオイル
塩 
黒コショウ
白ワイン(なくてもかまわない)

2011年11月11日金曜日

ブルーベリーが紅葉

ブルーベリーが真っ赤になりました。紅葉の季節です。黒っぽい赤やオレンジっぽい赤などブルーベリーの種類によって、その色合いが若干異なります。また早くから色づくもの、晩秋になってようやく色づくもの等など、様々です。一部の木では落葉も始まりました。

 畑の草はもう伸びません。スギナが若干生えていますが、もう大きくはなりません。

 山は一気に寒くなってきました。霜が降る朝もあります。そんな朝、蔵王の頂上も薄っすらと白く見えます。雪が降ったのでしょうか。それとも霜。この辺りからはよく分かりません。

 ブルーベリーは春、白い花を咲かせ、初夏に若葉を繁らせ、盛夏、青い実を付けます。そして秋、真っ赤に紅葉します。わが家のブルーベリーは低木ですが、精一杯自己主張しているようです。

 もうすぐ雪の季節です。

2011年11月2日水曜日

薪集め

仙台市報に「剪定木配布」の情報が載っていたので、青葉区役所に電話を入れ、西公園まで取りに行った。

「軽トラ1杯分ぐらいは」ということだったので、期待して行ったら、1杯どころか、結果的には3杯分、期待の数倍分の薪を確保した。

配られた剪定木は、桜、アオギリ、欅、桧など。欅は綺麗に切られた木がいくつかあったので、椅子用に何個か確保した。

切ってみると、欅は直径15センチ程度の細い木でもアックス(斧)では割れない。チェンソウーで傷を入れ、楔を入れ、ようやく割れる、という状態。何度かやっていたら、アックスの柄が折れてしまった。しかし欅は重い。燃焼時間の長いイイ薪になりそうである。

これに比べると桜、アオギリまだ割りやすい。桜は節が多い。アオギリはある程度硬い。それでもアックスを打ちこむと、スッカンときれいに割れる。その断面はいかにも薪らしいあでやかさを保ちほれぼれしてくる。

出来上がった薪を薪棚に積み上げていくと、薪がどんどんたまり、満足感、そして達成感を味わえる。

その色合いはなかなか風情がある。つい見とれてしまい、作業がはかどらない。

まあ、これも楽しみの一つである。

2011年10月23日日曜日

薪小屋2号完成

薪小屋を作った。ネットで作り方を調べ、2×4で作った人の図面をそのまま利用させていただいた。

材料費は8,000円程度。道具として購入したインパクトドライバーが19,000円ぐらいしたが、これから作る薪小屋やテーブルのことを考えると十分元が取れる。

ある方に薪小屋製作の受注費用を尋ねたら、「5万円ぐらい」と言われたから、それに比べるとかなり安い。

基礎に固定していないので強風が心配。でもたとえ崩れても安心な場所。壊れたらまた作ればいい。

 作業時間は6時間程度。初めての作業。それも一人でやったのだから、まあ上出来、と自己満足している。

「薪小屋2号」と呼んだのは、1号があるため。1号の方はブロックに木を突っ込み、屋根らしいものを付けただけの代物。これはこれで満足している。

問題は、これに入れる薪をどうやって切るか。一応、アックス(斧)はあるが、切れるかどうか。伐採したサクランボの木を山形からもらってきたり、剪定した枝をもらう算段はつけているが、どうやって薪に仕立てるか。難題、課題は多い。

左上の真新しいのが薪小屋2号。薪の材料を乱雑に重ねているのが薪小屋1号。

2011年8月4日木曜日

狭くなる地球

6月以来、2カ月ぶりに東京へ行った。今回の上京では2人の人物に会ったのが収穫。

一人は前の会社の後輩。彼は前の会社からネット系企業に転職し、別のネット系企業を立ち上げた。それを10年近く経営している。現在の景気で、経営は厳しいようだが、持続している姿は立派。大いに見習いたい。

もう一人は、以前沖縄に住んでいたときに知り合った台湾人。本国への転勤が決まったため、その前にとランチを共にした。給与がドル建てとかで、最近の円高は、日本に住んでいた彼にとって大きな経済的圧力になっていたようだ。今度は台湾元建てだから、少しは楽になるだろう。彼と話し、台湾と中国の経済交流が深まっていることや、沖縄と日本の関係を改めて考えさせられた。台湾では来年1月に行われる総統と国会議員の同時選挙が大きな焦点になっているらしい。

彼ら二人と話し思ったのは、地球は間違いなく狭くなっているということだ。例えば米国の債務上限引き上げ。思えば、このニュースはそれほど大きく取り上げられなかったような。もし引き上げられなかったら、どうなっていたか。債務不履行(デフォルト)である。中国に次ぐ債務国である日本は、借金を返してもらえなくなるわけであるから日本の価値はまた下がるであろう。日本国債は暴落する。つられて株も暴落する。

このランチに同席していた人は「俺なんか年金を国債で運用しているから年金が出なくなる。大変なことだ」。最近の日本企業は企業年金の個人運用(確定拠出年金)が主流だから、一般の投資家以外にも影響を被る人は多い。

第一の債務国である中国の影響はどうか。今や中国が“風邪”を引いたら“肺炎”になりかかるような国も少なくないのではないか。わが国が受ける影響も小さくないであろう。また現在の円高。76円。尋常な数字ではない。今、日本から海外へ旅行すると、すごく割安感があるらしい。その陰で、トヨタは大赤字だ。日本に工場を持つ輸出産業は「やっていけない」と言う。震災で倒産する企業が増え、失業者が増えているが、その失業者を雇用する日本の工場はない、ということだ。円高で輸入品は安くなるはずなのに、インドや中国の消費が増え、穀物は値上がりしている。原油も安くならない。

はっきりしているのは、円高や小麦、油の値上がりは海外の動向に連動しており、もはや日本国内だけで経済を考えることは不可能だ、ということである。この経済の動きは以前からの流れだが、昨今はすぐに伝わる、という点が違ってきている。今回の原発事故で、日本からの輸出品は農産物はもちろん、それ以外も影響を免れないだろう。東北以外への観光客も減る。海外のどこかのバス事故で日本人が被害にあったりすると、その国全体への旅行を控えてしまう風潮は、海外の人にも共通する傾向である。いまや、作物の生産、工場の稼働、商品の流通・・・すべてを地球規模で考えることが求められているのだ。これからどうなるのか。その答えを手探りしながら考え、事を進めることが、我々には求められている。