3月11日午後2時46分。ちょうど外出先から帰り、遅い昼食を食べていたとき、地震が起きた。
すぐに止むと思ったが、なかなか止まらない。カミさんはサイドボードを押え、私はテレビが倒れないようにした。
そのうち電子レンジが落ち、神棚や仏壇からものが落ちてきた。
地震はさらに続いた。どれくらい続いたんだろう。テレビでは宮城県・栗原で震度7と言っている。午後3時に津波が到達する、とも言っている。そのうちテレビが消えた。停電になったのだ。
別の部屋にいた父の無事を確認し、直前に買い物へ出た母を探しに出たら、玄関外の手すりにつかまっていた。無事だった。ケガもない。「自転車が車にぶつかった」としきりに心配するから、「そんなの大丈夫だから」と家の中に引き入れた。
余震は止まらない。一つひとつが大きい。
ラジオで情報を収集する。
カセットコンロのボンベやカップヌードルを買うため、カミさんが近所の生協へ向かった。
「電池は?」。「いいよ、いっぱいあるから」
懐中電灯や持っているラジオに合う電池は実は持っていなかった。
生協では10人ぐらい並んで、外で売っていた、という。カセットボンベは誰も買う人がいなく、すぐ買えた。
このときはまだ、震災の規模を予想できず、その影響もわからなかった。
うーん、生々しいです。状況を見ている間にTV
返信削除が停電になってしまうなんて。。。
実は、神戸ぐらい被害が出るかな、と不安を抱いていました。現実は、その数倍でした。津波の怖さをわかっていませんでした。
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